Noël à Nantes/南都の降誕節

日差し、温き冬至に猫を待つ。次第に灰色く蔭ってくるものの、冷えもせで、靴の革底が心地良い。何者が降誕するのであれ、猫のあくせくする事柄ではないのは明瞭なので、湯気の立ちこめる中で釜飯を喰らい、骨董屋で古い端布を矯めつ眇めつして時を通過させる。
古書も骨董も年を経る毎に値が崩れている様に思われ、其れは紙片が燃え上がる様に購買意欲を指嗾するものの、後に残るのは我々の文明が踏み入ってゆく覆い難い衰亡の感触である。


南都に棲まう猫は丸々として無愛想であった。併し元来猫は享受こそすれ、何一つ信じはしないものである。少なくとも信仰もて自縛せぬ生き物である。何故なら猫には瞳があるから。犬や鹿は瞳を持たず、真に視ることに開眼せぬが故に、内なる欲動か外なる主人を信ぜずには居れぬ物共である。
街路を外れた低い阜の上に、古風な御殿様のホテルが佇んでいる。赤い絨毯に高い天井、白木ながら円熟の滲む梁が続く。釘隠しが施された簡素な部屋で寝台に身を横たえると、高級と便利が別々のものであったことに気が付く。喉が干上がらず、底冷えもせず、唯、時が過ぎる。


夜、興福寺の塔が照明を浴びて彫刻の如く聳立していた。猫の他には誰も彼を視なかったが、彼は遙かな過去の為にそうしているのであって、其れが南都というものであった。頂きには相輪が聳え、数多の宇宙が層を成して連なり、その上で永遠の炎が水煙となって燃え盛っていた。降誕なく。


朝、果てしなく続くサラバンドのような雨が降っていた。静かなダイニングルームで茶粥を啜る。水墨の景色が広がり、朝がゆっくりと伸びて復た此の一日へと広がる。雨上がりの街路を廻り、安値に惹かれて古書を買い漁る。だがペテロとアンデレならざる猫共に呼び掛ける者はなく、重い荷物を手に駅へと下る。